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日記
diary
9月20日月曜
Twentieth of September,Sunday
制度としての結婚
実は何度も愛や恋愛、結婚について書こうと
トライしてはいるんだけれど、なかなかまとまった意見が書けない。
ここは一つ、焦点を絞って「結婚」について書いてみるか。
いうまでもなく結婚は制度だ。
一般的に愛し合ったものが結婚という制度を
利用すると考えられている。
そして結婚は半永久的な拘束力をもつ契約だ。
ここにまず難問がある。
そもそも愛は永続しない。
なぜなら、愛とは自己が他者へ
同一化することで生み出される感情だから。
結婚という制度で同一化されてしまったら、
そこに愛が生み出されるような興奮はない。
自由があって意思があり、意志に基づいて行動した結果に
エクスタシーがある。
結婚後は、情はあっても愛ではないだろう。
そのような矛盾があるのに、
なぜ結婚という制度があるのかといえば、
まず育児への責任主体を明確にするという意味がある。
子供が生まれなかったらその社会は滅ぶ。
だから、税制上福利上の優遇がある。
一夫一婦制の歴史や自由恋愛の成立など、
恋愛と結婚の形については家族社会学に膨大な蓄積がある。
でも、このへん、おれの専門じゃないんだよなー!!!!
読みかじっただけだからさー。おいおい勉強したいんだけどね。
ということで、この辺から
居酒屋のダメトークモードで語らせていただきましょ。
まずカミングアウト。うちの親は離婚している。
離婚直前の我が家は結構すさんでいた。
だから、子供としては離婚後の生活のほうが
世間体は悪くてものびのび暮らせた気がする。
友人・知人の話を聞いていると、円満に思われている夫婦でも
問題のない家庭はないように思う。
育児への配慮、財産の分配の問題や世間体の問題など、
結婚にまつわる社会的側面が離婚を抑制している部分が強くあるようだ。
このように考えると、結婚に必ずしも愛は必要ないかもしれない。
結婚ははじめから社会的な意図で制度化されているから、
その目的さえ満たせれば結婚していい。
いわゆる政略結婚もこの一例だろう。
お見合い制度もこの辺がうまい具合に混入しているようだ。
ビジネスライクな結婚。うちの親もそっちのほうが良かったかもね。
大部分の人においては、愛という盲目状態が
この契約書へサインするひとつの大きなきっかけに
なっているに過ぎない。
ここで改めて、愛とはなにかについて説明しなければいけない。
人が何を愛するかは結構適当だとおもう。
オス犬とメス犬を一つの部屋に繁殖期に入れておけば、
だいたい子供はできる。人間だって同じだろう。
ただ違うのは、ぼくらはオス10匹メス10匹の部屋で
なるべく相性がよく、なるべくもてるパートナーと
くっつこうとしているだけだ。
その選択権がぼくらに愛を錯覚させる。
でも、オスメス一匹ずつだって仲良くなるときにはトキメクと思う。
何に愛を感じるかは、状況依存的だ。
状況依存性は、同時に「飽き」とか「醒め」の原因でもある。
自由恋愛と結婚は今の世の中では
「主体的に選んだ」という行為を通して結ばれている。
結婚というめんどくさい営みを自分たちに納得させるために
「愛」という言葉が動員されているようにも思える。
それでも身分制・階級制度がなくなった世の中では、
自由恋愛というトリックとイデオロギーは不可欠だ。
だから、虚ろに響いている「愛」という言葉に
自分たちで内実を詰めこむ努力が大切なんだと思う。
100パーセントは無理だと分かっていても。
その意味では、ぼくは「愛」を信じる。amour。Liebe。love。
これでわかるかなー?いってること。
普段こんな話しないからなー。
みんながどのくらいぼくの言っていることを
把握してくれるのかイマイチ掴めない。
話馴れてない話題は文章が滑りがちになるんだよなー。
なんかBBSに意見でも書いてもらうとウレシイです。
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